No.18. 鳥のクチバシ考
大空を自由に翔(かけ)めぐる鳥を見て、憧れを感じない人はいないだろう。
鳥は、は虫類や恐竜から進化したとされている。
早く走る足を備えた恐竜が、空中を飛ぶ昆虫を追いかける間に、手が翼に変化したという説。
高い木から地上に舞い降りるためのパラシュート(皮膜)が、翼に変化したという説もある。
どちらの説が正しいか、現在のところわかっていない。
いずれにせよ鳥は、翼を得て大空を支配した。
一方、空を飛ぶために失ったものもある。体が軽くなければ飛ぶことはできない。
たとえば、骨。含気骨(がんきこつ)と呼ばれる骨は、中が空気で充たされているので驚くほど軽い。
グンカンドリの場合、体重が二キログラム、翼を広げると二メ―トルにもおよぶ大きな鳥であるが、骨の重量はわずか100グラムしかない。
<鳥のクチバシは、小さなサルの頭の骨より軽い>
失ったものには、もう一つある。
それは歯だ。鳥の祖先である始祖鳥や翼竜(よくりゅう)の化石には歯が存在する。より遠くまで飛ぶために歯は不用なのだ。
代わりにキジなど草食性の鳥では、内臓に砂嚢(さのう)を持ち、砂を利用して食べ物を砕く。焼き鳥屋用語では、砂肝(すなぎも)・砂ズリと呼ばれる部分である。
<始祖鳥の化石には、歯が存在していた。 どうして歯がなくなったのであろうか?>
また鳥は、獲物を捕らえるために"くちびる"を"クチバシ"に進化させ、獲物を捕らえる道具として形を分化させた。
たとえばキツツキは、クチバシで木に穴をあけ、中の昆虫を食べる。
ミヤコドリは、クチバシを差し込み、貝のフタをこじ開ける。
カラスもクチバシの太さによって分けられ、獲物も異なる。
大都会に多い、ゴミをあさるカラスはハシブトガラス、名前の通りクチバシが太い。
太いクチバシで、ゴミ袋を引き裂いて残飯をあさる。
一方、スマートなクチバシを持つハシボソガラスは、森に住み、ネズミや昆虫を丸飲みする。
そう言えば、この両者鳴き声で見分けることもできる。
ハシブトガラスは、歌の音階で言えばテノールで"カアー カアー"と鳴く。
ハシボソガラスは、"グアー グアー"とバスの音階で鳴く。
"天は二物を与えず"とはよく言ったものだ。
このようにクチバシは、鳥が生きていく上で重要な器官である。
<ハシブトガラス>
<ハシボソガラス>
ところが飼育している鳥はクチバシを失うことがある。
飛ぶとき、あやまって檻にクチバシが当たり折れてしまうのだ。鳥にとっては命にかかわる大問題である。
面白い話がある。
ある動物園でコウノトリがクチバシを折ってしまった。
エサである魚を獲ることができないばかりでなく、クチバシを閉じなければ飲み込むこともできない。このままでは、鳥の命が危うい。
<クチバシの折れたコウノトリ>
飼育係は、サカナを手で喉の奥に入れ、やっとのことで飲み込ませたという。
しかし、この鳥のために、毎回飼育係の手を煩わせることはできない。
どうすれば、鳥が自力で食べられるようになるのだろう?
そうだ!人工のクチバシを作ってやればよい。
獣医達は、歯科用の印象材(いんしょうざい)で、鳥のクチバシの型を採った。
しかし、鳥のクチバシは非常に軽い。重い材料では鳥も嫌がるだろうし、口を閉じることもできない。
試行錯誤の結果、歯科材料を駆使し、ついに軽量プラスチックのクチバシを完成させた。
クチバシは、鳥の鼻の穴を利用して固定した。
おかげでこの鳥、エサを食べることができるようになり、現在も元気に生活を送っている。
<軽量のクチバシを入れ、エサを食べることができるようになった>
モンゴル健康科学大学 客員教授 岡崎 好秀 先生
(前 岡山大学病院 小児歯科 講師)
子供も楽しめる保健指導情報を 「Dr. 岡崎の口の中探検」にて好評連載中。
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