No.19. 養生訓に学ぶ歯の話
養生訓が、いま静かなブームになっている。
この本は三百年前に江戸時代の儒学者・貝原益軒によって書かれたものである。
養生訓といえば"接してもらさず"や"食い合わせ"があまりにも有名だ。
養生とは、病後安静にしていることを思い浮かべがちである。しかしこの本、積極的に体を動かし、気をめぐらすことを説いており、単なる健康術の本ではない。
益軒は、生来虚弱で病気に苦しんでいたが、健康法を実践したため85歳の長寿を得たのである。
<貝原益軒: 江戸時代の医学者 元来虚弱であったが、
健康法を実践したため長寿を得た。 養生訓を表した84歳でも、1本の歯も失っていないと述べている。>
ところで、益軒の時代と現在は、共通点が多いことをご存知だろうか?
養生訓が出版されたのは、庶民生活が安定した江戸時代中期。それまでは、飢えや戦争のため明日をも知れぬ命であった。
天下泰平の時代になり、やっと庶民も老後のことを考える余裕が出てきた。
さて現在、生活が豊かになると共に、次々に病気も克服されてきた。そのおかげで日本人の平均寿命は約80歳、わずか50年の間に30年も延びた計算になる。
誰もが寿命が延びた分、健康で楽しい生活を送ることができると思っていた。
しかし、糖尿病・高血圧などの生活習慣病が急増し、これらの病気がきっかけとなり、老後を寝たきりで過ごさなければならない方が急増している。
実は益軒も、長い人生を健康で楽しむための術を説いていた。これが、養生訓がブ-ムとなっている背景なのだ。
<養生とは、病後安静にしていることを思い浮かべがちであるが、この本では、積極的に体を動かし、気をめぐらすことを説いている。>
さてこの中には、歯や口にまつわる健康法についても述べられており、現代風に解釈を入れ紹介する。
"古人曰く「禍(わざわい)は口より出て、病は口より入る」"
病は口から入る食べ物により起こるので、その入口には留意しなければならない。
"歯の病は胃火(いか)ののぼるなり"
歯の病は、胃腸の病と関係が深い、歯が悪いと消化不良を引き起こすと考えられる。
"一日に歯を35回、カチカチ鳴らすと、歯の病気にならない"
歯を鳴らすことは、禅宗の健康法であり、歯や歯グキを鍛え、むし歯や歯周病を防ぐ。
"つま楊枝で歯の根を深く刺してはいけない。歯の根が浮いて動きやすくなる"
つま楊枝は、当時の歯を磨く道具の一種である。しかし歯グキに深く入れて傷つけると、腫れて痛むこともある。
"朝、ぬるま湯で口をすすいで、昨日から歯にたまっているものを吐き出し、干した塩で上下の歯と歯グキを磨き、温湯で20、30回口をすすぐ。さらに口に含んだ湯を粗い布でこし、お碗に入れる。この塩湯で目を洗うと眼病の予防になる"
ここでは興味あることに、口をゆすいだ湯を目薬の代わりとしている。
<爪楊枝:江戸時代は爪楊枝で歯を磨いていた。>
唾液には、さまざまな抗菌物質が含まれており、薬のなかった時代の知恵と言える。
"唾液は、身体の潤(うるお)いであり、変化して血となる。唾液は、吐くな飲み込むべし"
古くから、年老いても唾液が多いと健康であると言われる。唾液には、老化予防のホルモンが含まれている。また唾液の量が多いことは、消化液の分泌も多く、体が若いことを意味している。だから、飲み込むことを勧めているのだ。
"食後には、お茶で口をゆすぐと良い"-お茶に含まれる抗菌物質のカテキンが、細菌の増殖を抑え、むし歯や口臭予防にもつながる。
益軒が養生訓を著したのは、84歳の時であるが、1本の歯も失っていない。
現在の80歳で20本歯を残すという、8020運動を軽く達成しているのだ。
どうやら益軒に学ぶべき術は、まだまだありそうだ。
モンゴル健康科学大学 客員教授 岡崎 好秀 先生
(前 岡山大学病院 小児歯科 講師)
子供も楽しめる保健指導情報を 「Dr. 岡崎の口の中探検」にて好評連載中。
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