No.22. 震災に学ぶ歯の話
寒い季節になると思い出すことがある。
阪神淡路大震災の時のことだ。
これを読まれている方の中にも、被災された方も多数おられるかと思う。
忌まわしい思い出なので、触れられたくないことがあるかもしれない。
しかし、決して風化させてはならない事実もあるように思う。
私も大学からの派遣で避難所を訪れた経験を持つ。
<寒い季節になると阪神淡路大震災を思い出す。>
そこで垣間見た、出来事を紹介する。
ある避難所での話。
ごみ箱には、弁当のハンバーグが捨てられているのが目についた。
お年寄りの方が、食べないで捨てていかれるそうである。
どうして食べないのだろうか?
濃い味付けには、慣れていないからか?それとも食べ慣れていないからなのか?
実は、その理由。噛むことができなかったのだ。
ハンバーグは、現代日本の軟食文化の代表だと思っていた。
多くの歯を失っても、これなら噛めるだろうと思っていた。
ところが・・・・である。
ハンバーグの脂は、寒いと固まり、歯の弱い方は食べることができなかったのだ。
おにぎりが凍り、焼きおにぎりにして食べたという話もある。
そういえば、倒壊した自宅へ最初に戻ったとき、まず義歯を捜された方が多いと聞く。
最初に捜すものは、お金や銀行通帳等の貴重品ではないのだろうか?
考えてみれば、私はメガネをかけている。
メガネがなければ、生活に支障をきたす。
お金や通帳を捜すためには、まず眼鏡をかける必要があるのだ。
震災が早朝に起きたため、義歯を外して寝ておられた方は、そのままの状態で避難された。
まず義歯を捜された理由。義歯がなければ食べることができないのだ。
まさにそれは、生きるための道具であったのだ。
<早朝に起こったため義歯を失くされた方が多かった。>
暗い話が続くと気が滅入る。
一つだけ明るい話をする。
ある避難所で診療中の話。
子どもの声で「これから○○の教室で紙芝居をしますから、みなさん来て下さい。」という校内放送が入った。
時間に教室へ赴いた。
驚いたことに、紙芝居をしていたのは小学生だった。
小学生が自主的に、幼児達を集めて行っていたのだ。
これには感激した。
当時、テレビはないし、外は寒くて遊べるような状況ではなかった。
あなたが小学生だったら、こんなことを思いつくだろうか?
とかく最近の子ども達は、"我慢ができない"・"自己中心的"など・・・・良いように言われることがない。
でも、この状況で"自分達のするべき仕事"を自主的に見つけ実践していたのである。
"日本の子ども達も、まだまだ捨てたものではないな"と目頭が熱くなった。
<小学生が幼児に紙芝居をしていた。>
さて、数ヶ月後の岡山でのこと。
被災で家屋を失い、転居されてきたある母親が、三歳の子どもを連れてこられた。
診れば口の中はむし歯だらけ。
ところが、数ヶ月前に歯科健診を受けたときは、一本のむし歯もなかったそうだ。
どうして短期間にこれだけのむし歯ができたのか?
その理由は、避難所での食生活にあった。
避難所では、子どもが泣くと心にもない言葉が飛んでくる。
しかたなく、泣かさないように、お菓子ばかり与えていたのである。
救援物資のあり方も考える必要がありそうだ。
<たった数ヶ月の間に14本の歯がひどいむし歯になっていた(写真は治療後)>
さて、その母親から興味深い話をうかがった。
震災の数日後に避難先での話。
救援物資の食料として乾パンが届いた。
以下、その保護者の言。
「乾パンを食べていたら、前にお年寄りが座っていました。
パンを食べられないので、"まだどんな事態になるかもしれないから、無理をしても食べておかれた方がいいですよ"。と言いました。
ところが返ってきたのは"歯が弱いので食べることができない"との言葉でした。
後で考えたら、そういった方から先にダメになっていきました。」
野生の動物は、歯を失うと命にかかわるといわれる。
しかし、それは人間だけは別だと思っていた。
しかし究極の状態では、人間も野生動物に過ぎないことがわかる。
<避難所での歯科診療風景>
モンゴル健康科学大学 客員教授 岡崎 好秀 先生
(前 岡山大学病院 小児歯科 講師)
子供も楽しめる保健指導情報を 「Dr. 岡崎の口の中探検」にて好評連載中。
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