No.1. ナホトカ号沈没事故と口の中の汚れ
一昨年の冬、ロシアタンカーのナホトカ号の重油流出事故があったことは記憶に新しい。被害は日本海沿岸に及び、なかでも福井県の三国町沿岸に多量の重油が流れ着いた。
地元民やボランティアがその除去にあたる。冬の荒波の中で重油をひしゃくですくうもの、岩についた重油を雑巾や竹べらでとるもの、誰もが懸命に作業を行っていた。
冷たい水の中で手は、かじかんで動かないことだろう。
体が冷える!暖が取りたい!この場から逃げ出したい!しかし重油は情け容赦なく流れ着く。
寒さのために死亡事故もおきた。腹が立つ!この怒りをどこに、ぶっつければよいのだろう。テレビを誰もが同じ思いで見ていたことだろう。
このシーン、じつは歯科医師も、診療をしながら感じることに似ている。
前回の治療で、乳歯の奥歯に銀歯をかぶせた。今日その歯を見てみると、本来光っている銀歯が、くすんだ色をしている。
これは歯についた歯垢である。この歯垢が酸を出し歯が溶かされ虫歯ができる。また、歯垢が毒素を出し歯周病が起こる。
この状態が続くなら、また悪くなることが目に見えている。
「せっかく、きれいに治したのに・・・・・」とため息が出る。
いったいこの子の親は、歯を治す気があるのだろうか?
保護者からの言い分があるだろう。「磨いても、すぐに歯垢がつくのです」
銀歯についた歯垢。これは岩に付着した重油である。すなわち歯を磨くことは、岩についた重油を取り去ることに相当する。
ちょっと待てよ。
岩についた重油を取り去ることに精力を注ぐより、重油を流出し続けるナホトカ号に、目を向けたほうがよいのではないか。
だとすれば、歯垢を取り去ることを考えるより、歯垢のできる原因について考えたほうがよいのではないか。
これは一種のパラダイムの転換である。
さて、野生のサルは、木の実や葉などを食べている。野生サルの虫歯の研究があり、虫歯を持つサルの割合は約6%。一方、加工食品を食べる動物園のサルの虫歯は約35%だという。
この差は、なぜ起こるのか?両者とも歯ブラシを持って磨くわけではない。動物園の獣医はいう。「サルの口が、春と秋に汚れる」これは何を意味するのだろう?さらに続けて「行楽客がサルに餌を与える」からだという。肥満や糖尿病のサルも珍しくないそうだ。
野生サルと動物園のサルの虫歯の差。これは食べ物であることがわかる。
虫歯といえば、甘い食べ物が、方程式のように頭をよぎる。
一方で、最近は学童期に歯周炎などの歯周病が増加しているといわれている。
軟らかい食べ物の増加と歯周病の関係は、次のように説明できる。
今、リンゴとケーキがあったとしよう。
ナイフでリンゴを切る。
ナイフはほとんど汚れない。
次に、ナイフでケーキを切ってみよう。
ナイフには、ベッタリと汚れがつく。
歯もナイフと同じである。リンゴを食べても汚れは少ない。しかしケーキを食べるとナイフ同様の汚れがつく。
甘い食べ物だけでなく、軟らかい食べ物も、口を汚す元凶だといえる。
口は食べ物が入る最初の場所だから、食べ物が変われば最初に変わるのは口の中ではないかと思う。
歯磨きだけで虫歯や歯周病を予防するより、食生活全般について考えることでさらに大きな健康の獲得につながらないだろうか。
モンゴル健康科学大学 客員教授 岡崎 好秀 先生
(前 岡山大学病院 小児歯科 講師)
子供も楽しめる保健指導情報を 「Dr. 岡崎の口の中探検」にて好評連載中。
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