No.2. モンゴルの食生活と歯の健康
患者さんの治療をしていると気づくことがある。
年配でも,いつまでもきれいな歯をしている方。
若いのにむし歯や歯周病で悩んでおられる方。
この差は,いったい何だろう?
歯磨きなのか?食生活なのか?
こんな疑問を持って,伝統的な食べ物を食べている人々の,口の中を覗きに海外へ飛び立つ歯科医は多い。
モンゴル高原。それはどこまでも果てしなく続く草の大海原。360度,遥かかなたまで,緑の絨毯が敷きつめられている。モンゴル帝国を築いた,蒼き狼
チンギス・ハーンは,ユーラシア大陸を横切り遥かフランスまで勢力を伸ばしていた。世界地図の半分以上を塗り替えたと言う。
モンゴルの国土は,日本の約4倍。人口は220万人。海抜1500メートルに広がる大地。国土の80%が草原だ。人口の30%が,遊牧生活を送っている。
ゲルに住み,ウマ,ウシ,ヒツジ,ヤギ,ラクダ達と緑の草原を求めさまよい歩く。遊牧民は,日に焼けた精悍な顔をしている。子ども達の顔は,かっての懐かしい日本人の顔だ。馬の蹄の音を響かせながら,一日中大地を駆け巡っている。
ゲルでもてなしを受けた。なみなみと馬乳酒を注がれる。ヨーグルトの様なすっぱい味がする。ほろ酔いかげんになる。
これからご馳走を作ってくれると言う。羊を押え込んで,ナイフで腹を裂き,手で大動脈を締めて殺す。器用な手付きで皮を剥いでゆく。
大地に一滴の血も落とさない。大地が汚れるからだという。臓物を取り出す。腸の中身を出し、血液を入れてソーセージにする。これらを塩ゆでにするのが最高のごちそうだ。
そう言えば,「栄養」の「養」の字,それは「羊を食らう」と書く。この字も,起源はモンゴルにあるのだろうか?
野菜は、口にしない。家畜が食べるものなのだ。血液に含まれるビタミンやミネラルで、栄養的には充足される。
羊の頭の先から尻尾の先まで、くまなく食べる。なるほど、一つの生命体を丸ごと食べるから。必要な栄養がすべて含まれる。
遊牧民の口を見てみよう!
誰もがきれいな歯をしている。歯を磨いたことのない人々がほとんどだ。どうしてだろう?ゆであがった骨付き肉を、前歯で肉を引きちぎって食べている。なるほど前歯は食べ物を切る包丁の代わりなのだ。
そうか!ヒトに前歯と奥歯があるのは、まず前歯で食べ物を咬み切って,奥歯で噛みなさいと言う意味だ。
遊牧民は、歯や口の機能を最大限に使って食べている。これがきれいな歯の秘密だな。現在の日本に満ちあふれている加工食品は、口汚す元凶だ。
そんなモンゴルは、1992年ソビエト連邦の崩壊とともに、自由主義経済が訪れた。貧富の差が広がりつつあるという。
自由になったぶん、甘いお菓子が入ってくる。むし歯予防に対する知識のないままに...。
首都のウランバ-トルに住む6歳児。口の中はむし歯だらけだ。すでに永久歯も大きな穴が開いていた。
歯に詰める材料は先進国から入ってくるので高級品だ。モンゴルの物価は日本の100分の1。日本で1ドルの歯ブラシが,モンゴルでは100ドルになる計算だ。歯1本の治療費が、3ヶ月分の給料に相当する。お金がないので,痛い歯は抜くしかない。それが、今の歯科治療の実状だ。
歯は歯車と同じ。 1本抜けたら加速度的にダメになる。乳歯のむし歯くらい...と、思われるかもしれないが。長い間臨床の現場にいると未来が見えてしまう。
乳歯のむし歯は、そのまま永久歯に引き継がれる。この調子だと,この子は30歳前に、歯なしになってしまうだろう。きっとこの子は、二度と遊牧生活に戻れないだろう。
食生活の変化は,大きくヒトの口を変えるのだ。
モンゴル健康科学大学 客員教授 岡崎 好秀 先生
(前 岡山大学病院 小児歯科 講師)
子供も楽しめる保健指導情報を 「Dr. 岡崎の口の中探検」にて好評連載中。
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